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光学現象、光学機器は 切手の世界にも表現されています。
とくに 望遠鏡や顕微鏡は身近なうえに歴史も長いので、各国から趣のある図柄をもった切手が発行されています。
一方で、図柄こそ光学に関係のないものの、ホログラムやレンチキュラーなどの光学素子を利用した切手もあります。
このページでは、ジェネシアが収集した各国の光学切手を簡単なメモとともに紹介します。
=重要な注意=
このページに収録された切手画像を印刷すると、郵便切手類模造等取締法等によって 刑事罰に問われる可能性があります。
印刷はせず、画面上でのみお楽しみください。 なお、このことに関する関連法令等は下記から参照できます。
旧ソビエト (1985) ゼレンチェクスカヤ天文台の口径6m望遠鏡。 1976年完成。可動部重量は840t。 いまでこそ大型望遠鏡にはあたりまえに 経緯台が採用されるようになったが、 この望遠鏡はその先駆け。 |
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アメリカ (1948) パロマ天文台 この天文台が所有する口径5.08mの反射望遠鏡は、 製作指揮者の名を取ってヘール望遠鏡とも呼ばれる。 1948年の完成以来、長期間に渡って世界最大の地位を 維持した。 |
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旧東ドイツ シュヴァルツシルト天文台が持つ 世界最大のシュミット望遠鏡(Zeiss社製)と そのドーム。 望遠鏡の補正板口径は1.34m。主鏡口径は 2.0m。 シュミットモードの他、 準カセグレンモード、クーデモードがある。 |
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日本 (1953) 東京天文台の大赤道儀室。木製ドームのスリット越しに のぞく望遠鏡はZeiss社製の 65cm屈折赤道儀(焦点距離 1023cm)。口径38cm(焦点距離1083cm) の副望遠鏡も 同架されている。可動部重量は約6t。 第1次大戦の戦時賠償品として輸入された。 現在は国立天文台の天文台歴史館として一般公開されている。 |
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日本 (1960) 東京天文台(現 国立天文台) の 岡山天体物理観測所。 2004年まで国内最大であった望遠鏡を有し、 多くの研究者を育てた。 その現場は 『天文台日記/石田五郎』 (ISBN-9784122043183) に 臨場感をもって紹介されている。 |
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日本 (1978) 東京天文台 (現 国立天文台)の 岡山天体物理観測所にある188cm反射望遠鏡。 製作費は1960年当時の金額で3億円。 英国のグラブ・パーソンズ社製。 ドームのスリットからのぞく覗く背景はオリオン座。 |
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日本 (1949) 水沢緯度観測所の子午儀。 緯度の精密測定により地球の自転のゆらぎを 観測するための装置。 ここをしばしば訪れた『銀河鉄道の夜』の作者、 宮沢賢治の宇宙観にも影響を与えた。 |
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韓国 (1978) 光学望遠鏡を持つ韓国最初の天文台 Sobaeksan Optical Astronomy Observatory (SOAO)にある 61-cm 反射望遠鏡。 券面にある石造りの建物は1500年前に造られた韓国史上 最初の天文台。 |
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ベルギー (1982) ベルギー王立天文台の Zeiss製の口径100cmの 望遠鏡。同じタイプの望遠鏡が、イタリアの Merate天文台、ハンブルグのBergedorf天文台にも ある。1920年代の初頭、世界でもっとも大きな 望遠鏡のうちの1台であった。 |
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パラグアイ (1983) 左上:セロトロロ天文台 (チリ)のドーム 右:ハーシェルの望遠鏡。 望遠鏡の版画画像はこちら |
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ガーナ ハーシェルの望遠鏡。 口径49.5インチ、焦点距離40フィート(12m)。 ハーシェルは1789年、この望遠鏡を使って土星の衛星 エンケラドゥスとミマスを発見した。 望遠鏡の版画画像はこちら |
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マルタ共和国 (2009) 国際天文年(2009)の記念切手。 マルタ島に建設された、William Lassell の望遠鏡。 口径24インチ(610mm)の反射望遠鏡。1865年竣工。 赤道儀式。2人がかりで手動で駆動した。 のち 口径47インチ(1.2m)、焦点距離11.3m に発展。 ニュートン式のこの望遠鏡は当時、世界最大であった。 |
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旧東ドイツ チェコのOndrejov天文台にある 2m反射望遠鏡。 Zeiss社が1967年に製造、その後1982年から87年にかけて オーバホール。現在の用途は 主にカセグレン焦点での 高分散分光。 |
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チリ ESO (European Southern Observatory) の ラ・シラ天文台 に設置されている2.2m反射望遠鏡。 所有はマクスプランク研究所(ドイツ)。 |
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チリ チリ大学のセロ・カラン天文台。サンチャゴ郊外。 |
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英国領アセンション 米国パロマ天文台のヘール望遠鏡。カリフォルニア工科大学の所有。 |
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ガーナ 大型反射望遠鏡の入射開口部。 図案は米国パロマ天文台のヘール望遠鏡。 開口部中央の筒の内部に観測者が後ろ向きに座っている。 筒の奥に見えるのは口径5m の主鏡。 モチーフだと推測される同構図の写真はこちら |
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コロンビア (1993) 夕陽に輝くパロマ天文台が美しい一枚。 コペルニクス生誕450年記念として発行 |
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アメリカ (2000) ウイルソン山天文台 100インチ反射望遠鏡、1917年製。 E.ハッブルは、この望遠鏡で宇宙の 膨張を示す証拠を得た。 スピルバーグの監督作品"ディープ・インパクト" の 冒頭で天文学者が観測に使っている望遠鏡はこれ。 |
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バチカン "Carte de Ciel" (天界図) 望遠鏡と名づけられた この望遠鏡は、1942年にバチカンから カステルガンドルフォに移設された。 イギリス式の赤道儀に2本の望遠鏡が搭載されている。 1本は口径33cm, 他方は20cm バチカン天文台の起源は1582年、時の法王グレゴリ13世が 暦の改革に関して科学的データの取り扱いをはかる 委員会を招集したことに遡る。 |
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バチカン VATT(Vatican Advanced Technology Telescope) 。 バチカン天文台とアリゾナ大学が共同で開発した。 完成は 1993年。米国アリゾナ州のグラハム山頂に 設置されている。アプラナティック・グレゴリアン タイプ。 口径1.83mの主鏡は F1.0 ,副鏡は F0.9 で共に凹楕円面。 主鏡はホウケイ酸ガラスの ハニカム構造で重量は560kg。 |
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アルゼンチン (2009) La Plata 天文台。 毎週金曜日に一般公開をしている。 |
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アルゼンチン (----) 1910年製 "Gran Ecuatorial(大赤道儀)" 口径28cmの屈折赤道儀。ライブラリとして 公表するため、体系的に多数の天体写真が 撮影された。 |
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韓国 これは切手ではありません。 韓国の1000ウォン札です。 その券面に描かれている望遠鏡は、 ボウユン山(Mt. Bohyun)に建設された口径 1.8mのリッチ・クレチアン望遠鏡です。 1996年製。 |
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旧西ドイツ (1981) 1820年製。 屈折望遠鏡。 赤道儀架台。詳細は調査中。 |
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旧西ドイツ (1981) 1770年製。 反射望遠鏡。詳細は調査中。 |
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グレナダ 1屈折望遠鏡。詳細は調査中。 |
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タンザニア(左) スペイン領 西サハラ (右) ガリレオの望遠鏡。 文献を参考に再現した光学パラメータは次のとおり。
F. Quercioli, "Telescopes of Galileo", Applied Optics 32, 6219-6226 (1993) |
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ニカラグア (1985) 右背景は、ガリレオの望遠鏡。 左側に反射望遠鏡の光路。 ニュートン式(左上)以外の光路図は適切ではないが、 図案としては意欲的。 |
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モーリシャス(上) 英国領アセンション(左) グレナダ(右) ニュートンの望遠鏡。 主鏡は金属製の凹面鏡、副鏡は平面斜鏡。 天体の観測用としてではなく、むしろ光学の研究を目的に 製作された。ニュートンは、この時代には不可避と さていた屈折望遠鏡の色収差を、レンズの代わりに ミラーを使うことで回避した。しかし当時の 技術では主鏡を放物面に研磨することはできず、 球面鏡を採用せざるを得なかった。 図柄にある望遠鏡は、実際にはニュートンが 製作した望遠鏡(1671年)ではなく、1766年に ヒース&ウィングという会社が製作したレプリカ であるといわれている。 図柄によって 接眼部の 位置が左右に統一されていないのが不思議。 ニュートンが製作したオリジナルは どちらだったのだろう? 筒先を回転させられる構造なのか? |
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英国領アセンション ショート製作の反射望遠鏡。 グレゴリアンタイプ。 主鏡は放物面、副鏡は凹の楕円面からなっている。 ショートは生涯、このタイプを製作し続けた。当初は グレゴリーのアドバイスによりガラス鏡を採用して いたが、後、金属鏡を採用するようになった。 |
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バチカン (1979) イタリア人天文学者 アンジェロ・セッキの 天体分光器。いわゆるラウンドプリズム型と よばれる加分散型の装置。 恒星をスペクトル型により分類するという、 いわゆる恒星分光学の立ち上げに寄与した。 |
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バチカン (1979) イタリア人天文学者 アンジェロ・セッキの 天体望遠鏡。セッキは 1858年に火星の地図を 製作し、その模様に "Canale"と名づけた。 英語ではそれが "Canals(運河)"と表現されたことから 火星文明論(20世紀初頭)が議論されるようになった。 |
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イギリス (1984) グリニッジ子午線に置かれた エアリの子午環。 望遠鏡を貫くように描かれた赤い線が経度ゼロ線。 望遠鏡の左下にスケールが書かれている。 |
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旧ソビエト連邦連 (1958年) モスクワ大学の Sternberg 天文台に設置されたAZT-2望遠鏡。 1954年の設置。口径70cmの反射望遠鏡。いまでも現役で 明るい超新星観測などに活躍中。 |
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旧ソビエト連邦 (1957) 国際地球観測年(International Geophysical Year/IGT)を 記念した切手。 IGTのもともとの目的は、太陽の磁気が地球に 与える影響を調べることにあった。このため、IGTは太陽の 11年の活動周期の極大期にあわせて実施された。切手券面の 望遠鏡の脇には、"太陽活動度の研究" とある。 |
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タンザニア 日周運動による恒星の子午線通過時刻とその際の 地平高度を測定する装置、いわゆる象限儀。 装置は人の身長よりも大きく小屋全体を占めている。 恒星に照準を合わせる金属棒(照準棒)にはV型の 溝が刻まれている。このため、V字溝を恒星に 向けて照準棒の一端から覗くと、溝の壁面で 反射した2つの像と直視像の3点が観測され得る。 照準棒の傾きを調整することで反射像が消え、 直視像のみが観察されるならば、そのとき照準棒は 恒星に対して数秒角以内を指向していることになる。 |
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旧西ドイツ (1981) 八分儀。 J.ハドレーが1731年に発明。 鏡の反射の特性を巧みに利用して、揺れる船の 上から手持ちで天体の地平高度を正確・容易に 測定できるように工夫された装置。 |
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旧西ドイツ (1981) ドイツ語では "Bordakreis"。 月とその近傍の恒星とのなす角を測定することで 観測地点の経度を決定する用途に用いられた。 八分儀を円環状に展開したものに相当している。 ドイツの天文学者 T.マイアーが開発。六分儀の原型。 後世の物理学者 ボルダ(仏)による改良品は 19世紀まで 使われ続けた。 |
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旧西ドイツ (1981) 六分儀。 J.キャンベルが1757年に発明した。 その名称は60度弧(円周の1/6)に由来。 |
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旧西ドイツ (1981) セオドライト。 トランシットあるいは経緯儀ともいう。 2つの目標間の角度を測定するための機器。 望遠鏡を水平軸・鉛直軸のまわりに回転できるように 構成されている。 |
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マカオ (1994) 左 : 星盤 (Reflecting circle/英, Bordakreis/独) 中 : 象限儀 右 : 六分儀 |
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デンマーク (1995) 六分儀。 券面には、Tyco Brahe (ティコ・ブラーエ)の 六分儀とあるが、ティコは 六分儀の発明より 200年遡った時代の天文学者。絵柄は美しいが 時代考証的には残念。 |
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フォークランド ダーウィンが『ビーグル号』の航海に持参した顕微鏡。 1829年頃、バンクス社によって製造された。 顕微鏡の本体は、ダウン (イギリス南東部の小村)に 現存するが、残念なことにレンズは失われている。 |
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日本 (2004) 木製顕微鏡。 和製。天明年間(1781-1789)の製作。 三本脚を持つ。自然観察から医学にまで利用 された。加賀藩の重臣、土佐守家の資料を収集している 前田土佐守家資料館の所蔵。 |
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旧東ドイツ (1980) Huntleyの顕微鏡。1740年製。 所蔵はカールツァイス光学博物館。 |
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旧東ドイツ (1980) パリ在住の検眼士 Alexis Magny (1712-1777) が Chaulnesの公爵のために製作した 7台 (別の記録では8台) の顕微鏡のうちの1台。1751年製。 |
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旧東ドイツ (1980) Amich (北イタリア、モデナ) の顕微鏡。 1845年製。 カールツァイス光学博物館の所蔵。 |
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旧東ドイツ (1980) Zeiss (ドイツ、イエナ) の顕微鏡。1873年製の StativⅠ。この機種によって、 アッベの顕微鏡理論の完成が証明された。 この後、Zeiss社はⅠb, Ⅱ...と顕微鏡をシリーズ化することになる。 脚部と顕微鏡チューブとはさまざまに組み合わせられ 用途にあわせて販売された。 StativⅠの基本セットは300マルク。 現在の価値に換算して およそ100万円。 |
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旧西ドイツ 1790年製 顕微鏡 |
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旧西ドイツ 1860年製 プリズム式双眼顕微鏡 |
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旧西ドイツ (1968) 図柄には 『wissenschafttlicher mikroskopbau / 科学用顕微鏡の構成』 と添えてある。 実際には、顕微鏡光学系のうち、 照明系だけが模式化されている。 |
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旧西ドイツ (1968) 上段で紹介した照明系切手のFDC (First Day Cover, 記念切手を記念封筒に貼付して発行日の消印を押したもの) 肖像(右下) はZeiss社の創業者、カールツアイス。 左上は ツァイスに協力して近代顕微鏡の光学理論を 確立したイエナ大学の物理学者アッベ。 左下の顕微鏡は 19世紀後半のヒット作、Stativ-VII。 |
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上記FDCの別バージョン。カバー左部の数式は、アッベの直筆による結像論の一部 (写)。 アッベは結像という現象を、物体からレンズの焦点面への 逆フーリエ変換と、焦点面から像面へのフーリエ変換によって 論じた。 消印にある "OBERKOCHEN" は、西ドイツ時代のツアイス本社の 所在地。 |
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旧西ドイツ (1968) 照明系切手のFDC。 さらに別のバージョン この切手と同じデザインがドイツのコインにもなっている その画像はこちら |
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旧東ドイツ (1965) 東欧圏最大の産業見本市、ライプチッヒメッセ開催記念。 |
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ジブチ共和国 (1982) コッホによる結核菌の発見100年記念 図案は、コッホの顕微鏡と、結核菌のイメージ。 顕微鏡に関連した切手は、医学や生物学上の業績に ちなんで発行されることが多い。 |
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日本 (2008) 野口英世博士と 顕微鏡 第1回野口英世アフリカ賞記念。 |
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日本 野口英世博士と顕微鏡 |
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チュニジア共和国 (1982) 結核菌の発見100年記念 |
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ブラジル (1983) Camargo病院 がん予防 30周年記念。 |
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ブルガリア (2005) 乳酸菌研究者、スタメン・グリゴロフ(1878~1945) と 顕微鏡。 1905年、グリゴロフはヨーグルトの 風味を決定する3種類の嫌気性菌を発見した。これらは それぞれBacilleA(桿菌A)、MicrococcqueB(球菌B)、 StoreptobacilleC(連鎖桿菌C) と名づけられた。 |
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南アフリカ (1981) 国立癌協会にちなんで発行。 |
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イギリス (1989) 10倍の光学顕微鏡でみた雪の結晶 |
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イギリス (1989) 20倍の光学顕微鏡でみたハエの頭部 |
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イギリス (1989) 500倍の光学顕微鏡でみた 血液の成分 |
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イギリス (1989) 600倍の光学顕微鏡でみた半導体の構造 |
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メキシコ (1970) 眼球構造 国際眼科学会の年会開催記念 |
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パキスタン (2000) 眼球構造と 網膜上への結像状態 |
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旧西ドイツ (1986) 眼底検査装置による検眼 |
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旧東ドイツ (1956) 近代光学機器の代表的開拓者カール・ツァイスの肖像 ツァイスはドイツマルクのコインにもなっている。 その画像はこちら |
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旧東ドイツ (1989) 初期ツアイス社の技術的支柱 アッベの肖像。 アッベ数、アッベの正弦条件などに名を残す。 イエナ大学の教官職から、後、 ツァイス財団の経営者。 |
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旧東ドイツ (1971) ツァイス社が 開発した機器3種 上 : プラネタリウム 当初は丸天井に小穴をあけて天象を 再現する構想であったが、バウエルスフェルト博士 により、ピンホール板(恒星原版)だけでなく 太陽や月、惑星の運行さえも投影によって再現できる 装置、プラネタリウムが開発された。 左 : 測量機 右 : 顕微鏡 |
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ウルグアイ (1967) モンテビデオ・プラネタリウム |
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旧ソビエト (1989) 左右対称で、ネガとポジになった写真家の 図柄がおもしろい。写真術の黎明期を彷彿と させる。 ボックス型のカメラは 銀塩時代のものか? |
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旧東ドイツ (1955) 図柄は、一眼レフカメラの始祖エクザクタ社の ヴァレックスVX。 1/1000秒機構を有する機械制御の 横走り布幕シャッタを搭載。 エクザクタ社は この頃からファインダ交換式を 提供し始めた。図柄にあるのは ウエストレベル・ファインダ搭載モデル。 |
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旧東ドイツ (1959) 図柄は、連動露出計内蔵のコンタフレックス・スーパ (右下) など。 ライプチッヒ見本市の記念切手。 この見本市は、旧東ドイツ時代における 同国唯一、かつ東欧圏(COMECON)最大の 国際見本市であった。 |
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旧東ドイツ (1965) この切手もライプチッヒ見本市記念。 図柄は ペンタコン社の PraktisixⅡ(手前)。 ブローニ判(中判)用の一眼レフカメラ。 奥は、Praktica mat。 |
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旧東ドイツ (1965) ベルリン国際コンシューマー・エレクトロニクス展。 Telefunken社の 大型カメラシステム。 |
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旧西ドイツ (1987) 太陽スペクトル中の 原子の吸収線の発見者 フラウンホーファを記念した切手 |
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イスラエル (1986) 虹の切手。 色境界をグラデーションで丁寧に表現 |
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メキシコ (1976) 街にかかる虹。スペクトルが逆順なのは惜しい。 副虹ならばこれでも良いのだが・・・ 主虹・副虹・過剰虹が明瞭な、本物の虹の 写真はこちら |
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イスラエル (1975) スペクトル順を気にせず、デザイン上の配色を優先した例 |
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グリーンランド (1992) 大地にかかる虹。 タイトルにある "Kalaallit Nunaat" は 原住民 イヌイットの言葉でグリーンランド。 |
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旧ソビエト(1963) 虹。 |
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日本 (1978) 国土緑化運動シリーズ。 杉林と虹 |
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スペイン (1969) 第15回国際分光学会、開催記念切手。 |
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カナダ (1973) 騎馬警官隊百周年 科学捜査の重要な手法として、分光技術が あげられていて、図柄はそれを反映したもの。 |
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オーストラリア (1975) 『原子吸光の分光特性は、基板に含まれる元素の 量に依存する。世界的に重要なこの近代的解析 テクニックはオーストラリアで考案された』 と書かれている。 |
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ポーランド (1991) 光学機器の切手ではなく、 光学技術を使った切手。 ホログラム印刷を施して あるため、切手を見る角度をかえると蝶が 羽ばたく。 日本国際切手展 記念。 |
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ウクライナ (2010) ウクライナの国立キエフ(Kyiv)大学天文台 165周年記念の 5フリヴニャ硬貨。 2010年1月に流通開始。 |