ホーム > 技術支援サービス > 横収差図の読み方 -- レンズ設計を始める前に
横収差図は、像の集光状態を評価しようとする面 (評価面)に到達する光線座標と その光線の入射瞳面上の通過座標を対応づけたダイアグラムです。 入射瞳面上の座標の代わりに絞り面上の座標を使うこともあります。 評価面としては典型的には像面を選びます。
横収差図上では評価面に到達する光線座標は、主光線の評価面における座標を 原点とする座標系を使って評価されます。 ここで主光線とは、任意の物点から あらゆる方向に出射した光線のうち、入射瞳または開口絞りの中心を通過する ただ1本の光線のことをいいます。
横収差図上では評価面に到達する光線座標は、主光線の評価面における座標を 原点とする座標系を使って評価されます。 ここで主光線とは、任意の物点から あらゆる方向に出射した光線のうち、入射瞳または開口絞りの中心を通過するただ1本の光線のことをいいます。
しかし、レンズ系が収差をもっている場合、あるいはピンボケの状態に あるときには、すべての光線が原点に到達することはなく、原点からいくらか ズレた位置に到達します。 このように光線が1点に収束せず、到達点が 光線ごとに異なるとき、この現象を "収束の差 = 収差" といいます。 収差の表現方法にはいろいろありますが、ここで取り扱うのは 収差量を光軸と直交する成分として求めるものです(図1)。
幾何光学では、光軸に沿った方向を縦とよび、それと直交する方向を横という慣習があるので、このようにして定義される収差を、特に横収差と呼びます。
図1:光路図と横収差の対応
入射瞳の外周を通過する光線をマージナル光線と呼びます。 図1にはそのうち主光線とメリジオナル面(物点と光軸を含む面)に属するマージナル光線、すなわち、上側・下側マージナル光線のみを描いています。
図2:横収差図
横収差量は、図2に示す横収差図を使って表現します。 その横軸には、 瞳座標(または実絞り面の座標、以下同様)をとります。 横軸のフルスケール は入射瞳径に対応します。 また、縦軸には横収差量をとります。
結像の状態を表す光路図と横収差との関係を示すために、以下にいくつかの例を示します。 文中の文字の色は、図中の線の色と一致させてあります。 文章はいくらか読みづらく なりますが、図との対応を優先させるという趣旨ですから、ご容赦ください。
(1) 入射瞳の中心を通る主光線は 評価面に到達し、その位置は横収差の 原点となります。図3の例では、入射瞳の座標 +1、+2、+3、-1、-2、-3 を通る光線は、像面上で主光線と同じ位置に到達しています。つまり、 全ての光線がただ1つの点に集光する理想的な場合です。このとき、横収差量は全ての光線でゼロなので、横収差図は横軸に沿った 直線として表現されます。
図3:無収差の場合の光路図(上)と横収差図(下)
この状態で、評価面(スクリーン)を縦方向(光軸に沿う方向)に移動させると、評価面上における光線の収束状況はどのように 変化するでしょうか。次は、評価面をレンズから離す方向に移動させた例を示しています。
(2) 入射瞳の中心を通る主光線は評価面 に到達し、その到達点が横収差の原点となります。図4では、入射瞳座標 +1、+2、+3を通る光線の到達点は、評価面上で横収差座標の負の部分に 並びます。一方、入射瞳座標-1、-2、-3 を通る光線の到達点は評価面上で 横収差座標の正の部分に並びます。どの光線も評価面に到達する前に 主光線を横切り、評価面上では横収差座標 の原点を挟んで等間隔に並んでいます。このため、横収差は図の様に、原点を通る右下がりの直線として表現されます。
図4:評価面を縦方向(+)に移動させた場合の光路図(上)と横収差図(下)
このように、評価面(スクリーン)を光軸に沿って移動する操作をデフォーカスといいます。 収差が殆どないと言って良いほど収斂度の高い位置からのデフォーカスが生じている時には、評価面 に映る像はいわゆるボケが生じた状態になり、横収差図は直線状を呈します。図4のように、収差図が右下がりの直線として 表現されるならば、図5のように評価面を光軸に沿ってのマイナス方向 (図中左方向)に移動させることで、より収斂度の高い状態を得ることが出来ます。
図5:デフォーカスが生じた状態で評価面を左に移動した場合の光路図(上)と横収差図(下)
(2)の例とは逆に、結像点の位置にある評価面をレンズに近づく方向にデフォーカスさせた状態が 次の例です。
(3) 入射瞳の中心を通る主光線は評価面 に到達し、その到達点が横収差の原点となります。図6では入射瞳座標 +1、+2、+3 を通る光線の到達点は、評価面上で横収差座標の正の部分に 並びます。一方、入射瞳座標-1、-2、-3 を通る光線の到達点は評価面上で 横収差座標の負の部分に並びます。どの光線も主光線と交わることはなく、 これらの到達点は評価面上では横収差座標の原点を挟んで等間隔に 並んでいます。このため、横収差図は図の様に、原点を通る右上がりの直線として表現されます。
図6:評価面を縦方向(-)に移動させた場合の光路図(上)と横収差図(下)
この状態も評価面に写る像はボケが生じています。図6のように、横収差図において右上がりの直線成分が 認められるならば、図7のように評価面を光軸に沿ってプラス(図中右方向) に移動させることで、より収斂度の高い状態を得ることができます。
図7:デフォーカスが生じた状態で評価面を右に移動した場合の光路図(上)と横収差図(下)
既出の例(1)、(2)、(3) では横収差図が直線で表される場合について考えました。しかし、横収差図が常に直線で表現されるとは限りません。
(4) 入射瞳の中心を通る主光線は評価面に到達し、
その位置は横収差座標の原点となります。図8では、入射瞳座標+1、+2、+3
を通る光線は主光線と交差することなく、評価面上で
横収差座標の正の部分に並びます。一方、入射瞳座標-1、-2、-3 を通る光線は、
主光線を横切り、評価面上でそれぞれ入射瞳座標
+1、+2、+3 を通る光線と同じ位置に到達しています。この場合、横収差図は図8のように、入射瞳座標の
2乗に比例する曲線となります。
横収差図が入射瞳座標に関して2次関数となる収差を「コマ収差」といいます。特に横収差図が下に凸の
2次曲線となる場合には、外向性コマ収差といいます。
図8:外向性コマ収差が存在する場合の光路図(上)と横収差図(下)
この例では評価面を移動させることにより、光束の収斂を改善できるでしょうか。 評価面を光軸に沿ってマイナス方向(図中左方向)に動かすと次の図9が得られます。
図9:外向性コマ収差が生じている時に評価面を移動した場合の光路図(上)と横収差図(下)
即ち図10のように、瞳座標-1、-2、-3 を通る光線の横収差は小さくなります。しかし、 瞳座標+1、+2、+3 を通る光線の横収差は逆に大きくなります。つまり、デフォーカスによる収斂度の改善は 期待できないということです。
図10:内向性コマ収差が生じている時に評価面を移動した場合の横収差図
次の例は内向性コマ収差とよばれる結像状態に対応しています。
(5) 入射瞳の中心を通る主光線は評価面に到達し、 その位置は横収差の原点となります。図11では、入射瞳座標+1、+2、+3 を通る光線は主光線と交差し、評価面上で横収差座標 の負の部分に並びます。一方、入射瞳座標-1、-2、-3 を通る光線は主光線を 横切らず、評価面上でそれぞれ入射瞳座標+1、+2、+3 を通る光線と 同じ位置に到達しています。この場合も横収差図は入射瞳座標の2乗に比例する曲線となります。 この例のように、横収差図が上に凸の2次曲線となる場合のコマ収差を、内向性コマ収差といいます。
図11:内向性コマ収差が存在する場合の光路差(上)と横収差図(下)
この状態で評価面を縦方向の負の側へ動かすと次の図12のようになります。
図12:内向性コマ収差が生じている時に評価面を移動した場合の光路図(上)と横収差図(下)
即ち図13のように、瞳座標+1、+2、+3 を通る光線の横収差は小さくなります。しかし、 瞳座標-1、-2、-3 を通る光線の横収差は逆に大きくなります。したがって既出(4)の例と 同じく、この場合もデフォーカスによる収斂度の改善は期待できません。
図13:内向性コマ収差が生じている時に評価面を移動した場合の横収差図
これまでの例では横収差図が単純な直線または2次曲線となるものを紹介しました。次はこれまでとは異なる例を見てみましょう。
(6) 入射瞳の中心を通る主光線は評価面に到達し、 その位置が横収差の原点となります。図14では、入射瞳座標+1、+2、+3 を通る光線は、主光線と交差した後、評価面上で 横収差座標の負の部分に並んでいます。一方、入射瞳座標-1、-2、-3 を通る光線は横収差座標の原点に到達しています。また、入射瞳座標 -3 を通る光線は横収差座標の正の部分に到達します。この場合の横収差図は次のようになります。
図14:光線が非対称に収斂する場合の光路図(上)と横収差図(下)
図14の横収差図において原点を通るベストフィット直線を描くと図15のようになります。
図15:横収差のベストフィット直線
横収差図のベストフィット直線が瞳座標の軸(横軸)に対して傾きを持つという事は、評価面の位置が最良の 収斂位置にない事を示しています。(参考:既出例(2)、(3))この例ではベストフィット直線が左上がりに描かれているので、 評価面を現状の位置から光軸に沿ってマイナス方向に移動すべきであることを読み取れます。図16は このようにして評価面を移動させた状態と、その横収差図を示しています。
図16:評価面を最良像面位置に移動させた場合の光路図(上)と横収差図(下)
図15と図16の横収差図を比較すると横収差が小さくなっていることが分かります。この様に、横収差図を回転させることで、 デフォーカス後の横収差量を予測できますが、実は図15のままでも同様の予測は可能です。図15においてベストフィット直線を新たに 入射瞳座標軸とし、原点を通りこれに垂直な座標軸で横収差量を表せばよいのです。(図17)
図17:評価面を最良像面位置に移動させて新たな座標系で表した横収差図
図16と図17の横収差図はそれぞれ表現が異なりますが、どちらも評価面を最良像面の位置に移動させた場合の横収差を表しています。
この場合の横収差の大きさは、図16ではAの大きさで表され、図17ではBの大きさで表されます。AとBの大きさは等しいとみなして良く、
図16と図17は等価です。
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